『マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン Loveless』 (P‐Vine Books)


マイク・マクゴニガル (著), クッキーシーン (監修), 伊藤英嗣/佐藤一道(クッキーシーン) (翻訳)

 90年代を代表する名盤『ラブレス』の制作過程を軸に、My Bloody Valentineの結成から昨年の再結成前までのバンドの歴史を綴った本。

 遅々として進まない『ラブレス』のレコーディング風景と時間経過、サウンドの秘密(もちろんレコーディング専門誌ほどの詳細があるわけではないが驚く)、レーベルオーナーであるアラン・マッギーとバンドとの間の緊張感、ケヴィンとビリンダの関係性などは、長い間ヴェールに包まれていた部分である。200ページ足らずの本なので、分厚いアーティスト研究本と比べればライトなものではあるが、バンドメンバーの言葉を交えたそれは、CDを聴くだけのファンとしては興味深いことばかりであった。

 狂信的とも言える著者の思い入れたっぷりの文章は、このバンドのファンには同胞意識が感じられ微笑ましい。しかし、その分バランスを欠いた所もあり、『ラブレス』に影響を受けたラファエル・トラルの『ウェイヴ・ワールド』への言及部分などはあまり必要ないところではあると思う。

 日本版の巻末には、『ラブレス』発表直後のケヴィンのインタビューが載っている。当時はアルバム発表のよくあるインタビューのひとつだったのだと思うが、アーティストとして「表現をすること」に対するケヴィンのスタンス、音楽的に影響を受けたもの、バンド名への思いが語られ、『ラブレス』が歴史を作った現在の視点から鑑みると実に興味深い発言としてとれる。そしてこの本の本編に足らなかった部分を、このインタビューがかなり補完してくれている。

 200ページ足らずでこの装丁としては、この値段はちょっと高い気がするけど、やはりファンなら一度は目を通しておいていい本だとは思う。これを読んで、改めて、彼らの活動再開をまだまだ待とうという気になった。

 ケヴィン・シールズはミュージシャンであるけれど、やはり表現者、アーティストと呼ぶ方がしっくりくる。長い制作期間、彼は決して怠けていた訳ではなく、自分の頭にはあるが今までに表現されたことのない音を追究していく様は鬼気迫るものがある。