『レスラー』


 『レスラー』は、80年代には人気があったけど、今は年も取って地方の小さな団体で侘しくプロレスをやっているレスラー、ランディの話。ミッキー・ロークが演じている。

 さんざん試合をやっているのに、トレーラーハウスの家賃も滞納するほどの生活。それは長年酷使した体の痛みを抑える為のステロイドや様々な薬代に消えてしまうからでもある。妻とは離婚し、娘からは拒絶されている。思いを寄せているストリッパーともなかなか上手くいかない。スーパーでバイトをするけれど、どうしても馴染めない。本人の不器用な性格で自業自得な目に陥る。社会的にはダメ人間であるけれど、それでも観ていて彼を切り捨てる気にはなれない。プロレスをすることには本当に真剣で、それだけは大事にしてる男だから。

 プロレスに命を捧げてしまったために孤独になってしまう。孤独だから、観客を沸かせるリングにまた戻って来てしまう。引退してトレーナーや興行師になることや、ロッキーみたいにレストランの経営者に転身するのではなく、「リングだけが自分の居場所なのだ」ということの答えを見つける。
そこに希望なんかなくても。

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 『チェンジリング』が実話をあくまでも「ドラマ」として撮っているのに対し、こちらはフィクションをドキュメンタリー調に撮っている。ドキュメンタリー調といっても、カメラの手ぶれが酷いという訳じゃなくて、ミッキー・ロークが画面に映ってる間は、極力長回しでずっと彼の姿を追っている。一人のレスラーの生き様を映し出すのに、今回は正しい撮影方法を選択したように思う。

 そして、何よりミッキー・ロークが素晴らしかった。例えば、「ミルク」のショーン・ペンの演技を見る時、その役柄に惹き付けられながらも、頭の片隅のどこかでは、「ショーン・ペン、演技上手いなぁ」と客観的な感想も持ってしまう。映画の中に「役柄を演じているショーン・ペンの姿」を見る瞬間がある。しかし、今回はただただ映画の中のランディという人物に魅せられてしまった。ランディは映画の中で本当に生きているようだった。役柄とミッキー・ロークの境遇が近いことが説得力を増しているのだとは思うけれど、ランディ=ミッキー・ロークではないので、ミッキー・ロークの役柄の演技力は凄いのだな、と映画を観た帰りの電車の中で思った。