『人生に乾杯!』


 1950年代後半、労働者階級と伯爵令嬢という身分の差を超えて結ばれてから半世紀、ブダペストの集合住宅に暮らすエミル(エミル・ケレシュ)とヘディ(テリ・フェルディ)夫妻は年金受給もままならず、苦しい生活を送っていた。ある日、2人の大切な思い出がつまったダイヤの指輪が借金のカタに取られてしまう。かつてのときめきを忘れて暮らしていたエミルは自らの不甲斐なさ、そして高齢者に冷たい世の中に対する怒りから、愛車チャイカで郵便局に乗り込むと、誰にも怪我を負わせることなく現金を強奪する。次々と紳士的な強盗を重ねるエミルに、やがて警察の捜査の手が伸びる。だが、一度は警察に協力しかけたヘディが、夫への愛情から翻意、老夫婦は逃避行に踏み切るのだった。(物語:『ムビコレ』より)

 ストーリーは荒削りだったり、リアリティに欠けている部分もある。普段であれば物語へ入り込こもうとする気分を削ぐその「ゆるさ」も、不思議な魅力として映る、どこか憎めなくて愛らしい雰囲気をまとったコメディ映画。

 年金だけの厳しい生活を送るエミルとハディの老夫婦の家に、税金滞納のため差し押さえがくる。2人の思い出のダイヤのイヤリングを差し出してしまう妻ハディの姿を見て、たまらず行動に出るエミル。思わず2人に感情移入してしまう。そして始まった逃避行は、犯罪物によくあるギラギラとした欲と切羽詰まった雰囲気のものではなく、老人同士だけにどこかのんびりしていて微笑ましい。強盗するのにも、染み付いた紳士的な振る舞いが出てしまう飄々とした老夫婦2人のキャラクターが、この映画の一番の魅力だと思う。互いを思いやる優しさと、大らかな気持ちを持った2人の姿は、長年連れ添った中で育まれた愛情や信頼関係をごくごく自然に滲ませていて、「こういう老夫婦になりたいなぁ」と羨ましく思ったりした。特にハディ役、テリ・フェルディの育ちの良さを感じさせる可愛らしい表情や動作はすごく魅力的で、エミルが彼女に惹かれるのもよく分かる。
 そんな2人に振り回されてしまう警察や、2人に共感する世間のゆるい描写にもまたニヤニヤとさせられた。異様な分かりやすさを伴った演出も、このストーリーを語る上ではいい味となってたと思う。抜群に面白いというほどではないけれど、鑑賞後はほっこりとした気分になれるチャーミングな映画だと思う。

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